AKARI HIGUCHI

始めて通った声優養成所/老舗のスパルタ教育【Story:3】

始めて通った声優養成所/老舗のスパルタ教育【Story:3】

始めて通った声優養成所/老舗のスパルタ教育【Story:3】

もちろん、勝田学院長も厳しかった。

生徒のほとんどは、大学生やフリーター、社会人になりたての20代前半の若者ばかりだったのだが(中には高校生もいた)、そんな中に一人か二人くらい、社会人経験を十分に積んだ、20代後半のサラリーマンなんかもいた。

そのサラリーマンは、夢を捨てきれず一念発起。
時間と金を作って仕事の合間を縫い、この学院に飛び込んできたのだが、お世辞にも芸が達者とは言えなかった。
滑舌の酷さもすさまじく、それゆえ、芝居もいまいちに聞こえてしまうのである。

そんなリーマン生徒に向かって学院長が一言。

「 な ぜ 君 は こ こ に 来 た の ? 」

リーマン生徒、固まる。
しばし間を置いた後、理由を真摯に語る。
しかし学院長はバッサリ返答。

「せっかく社会人として立派に働いてきたのに、わざわざ苦労してこんな世界に入ることはない。君はサラリーマンの方が向いているよ。さっさと辞めて元の生活に戻りなさい」

「そんな酷い!」と、思われる方もいるかもしれない。
が、学院長の真意は、将来のある若者に、自分に一番合った道を今一度きちんと考え、選んで歩んでほしいということなのである。

このリーマン生徒の他にも同じようなことを言われていた生徒がいた。
有名大学に在学中の生徒だった。

「君、せっかく素晴らしい大学で勉強しているのだから、そのまま就職すれば素晴らしい将来が約束されているだろうに、なぜここに来た?君は芝居よりも研究職の方が向いている。辞めなさい」

(注:今から15年前の話なので、社会情勢は多少違う)

学院長にそう言われ、実際辞めていった生徒もいた。
が、「なにくそ!」精神で学院に残る者もいた。
この学院長の言葉が、一番最初の「ふるい」というわけだ。
かなり大きい、そして網目の細かいふるいだが(笑)
そんな段階で落ちてしまうようでは、やはりこの世界には向いていない。
と同時に、辞めた生徒達は、懸命な選択をしたと思う。
向いていないのにいつまでも時間と金を無駄にするという、不毛な道を歩むことを、自ら断ち切ったのだから。

中には、「学院長はそう言うけれど自分は本当はもっとできるんだ!」という思いから、別の養成所に行く者もいた。

そうこうしているうちに三ヶ月が経った。
最初の入学時に学院長が言ったとおり、クラスの人数は、3分の2に減っていた。

~続く~

この記事を書いたのは...

AKARI HIGUCHI
幼少期より吹き替え映画やアニメに慣れ親しみ、自然と声の世界を目指すようになる。2003年に俳協に正式所属。念願の吹き替え仕事を中心に、アニメ・ボイスオーバー・ナレーション等も幅広く手がけるように。
クールな役柄が多いが、持ち前の伸縮自在の声帯(秘技・声帯七変化)を使い、子供から大人まで老若男女、幅広いキャラクターを演じ分ける。また、ドキュメント系からバラエティ系まで、ナレーションも幅広くこなす。2011年3月よりフリーランスとして活動を開始。